最近、福岡市内のいたるところで見かける赤い自転車「チャリチャリ」。
あのシェアサイクル事業を展開しているのが、「チャリチャリ株式会社(旧:neuet株式会社)」だ。
シェアサイクル専業の会社としては後発だが、現在、業界最速のスピードで成長中。2023年12月には利用回数2000万回を突破した。
本社は福岡市にあり、2018年に同市内でサービスをスタート。東京・名古屋に続き、2022年には九州で2都市目となる熊本市への進出を果たした。
それから約1年。「チャリチャリ」は熊本のまちにどんな変化をもたらしているのか。代表取締役の家本賢太郎さん、熊本オフィスの下田結賀子さんにお話をうかがい、シェアサイクルビジネスの可能性を探ってみた。
※本内容は2024年1月時点の取材に基づき執筆しております。
家本賢太郎(いえもとけんたろう) 代表取締役
名古屋出身。中学卒業後の15歳のときに起業し、「株式会社クララオンライン」を設立。以来、現在も9社を経営する連続起業家。2019年に「neuet株式会社」を設立。2018年にメルカリの子会社であった株式会社ソウゾウが福岡でスタートさせた「メルチャリ」を引き継ぐ形でシェアサイクルビジネスを展開している。
下田結賀子(しもだゆかこ)さん 熊本オフィス セールス
熊本市出身。福岡の大学を卒業後、東京で就職。法人営業、Web記事編集などを経て、2022年3月、「neuet株式会社」熊本オフィスに転職。
新しい価値観を根付かせるためには、愛が必要
―現在は福岡市を中心に、東京、名古屋、熊本で事業を展開されているそうですね。意外とエリア数が少ないように感じたのですが、どのような戦略で展開をされているのでしょうか?
- 家本代表:
-
確かに他社さんだと都市展開を「何十都市やります」という感じでやっていらっしゃいますが、我々はそこまで手を広げるつもりはないですね。たくさんのまちでやろうというよりも、ひとつひとつの地域にしっかり根ざすということを重視しています。
―稼働エリアや台数が増えれば増えるほどスケールメリットが得られるのではないかと思うのですが、あえてそれをしないというのはどういった意図があってのことでしょうか?
- 家本代表:
-
1つのまちを愛しきるには、めちゃくちゃ時間もエネルギーもかかるからです!(笑)。我々が注ぐ愛も大きくなきゃいけないし、まちから受け取る愛もたくさんありますから。
ちょこっとそのまちに自転車を置いて使ってもらえばいいんだ、では根付かないと思っていて。単に移動のツールとしての自転車を提供するだけだったら、駐輪ポート(貸し出し・返却拠点)を作って、自転車を置いて「はい、終わり」でいいと思うんですよ。でも、我々neuet株式会社が掲げているミッションは、「まちの移動の、つぎの習慣をつくる」。シェアサイクル事業を超え、まちづくりという観点でその都市のことを考えています。
例えば熊本にはバス会社が5社ありますが、皆さん、経営が大変な状況。運転手さんも足りていません。これから先、バスや電車といったいわゆる"ハコ形"の移動手段がだんだん成り立たなくなっていく可能性があると思っています。
とはいえそれでも鉄道やバスは大事なので、役割を分担すればいいのではないかと思っていて。交通の幹の部分は鉄道やバスにお願いしつつ、細かな移動は、チャリチャリのような、小さな新しいモビリティで補えばいい。今まで急いで移動していたものを、ちょっとゆっくりでもいいんじゃないですか?という提案も含めて、まちづくりの一部としての移動手段を提案していきたいと思っているんです。
そのためには、僕たちのことも理解していただかないといけないし、地域の皆さんと深いコミュニケーションをとっていく必要があると思っています。
―インタビュー冒頭から「愛」の話になるとは…!
「チャリチャリ」は2018年に福岡市からスタートし2022年に熊本市に進出していますが、これもなにか想いがあってのことなのでしょうか?
- 家本代表:
-
そうなんです(笑)。実は我々のグループ会社が、熊本城マラソンのシステムの受託開発を第1回から担当させていただいていまして。熊本のことを知るうちに、スタッフもみんな、熊本のまちが大好きになったんですよね。
熊本城マラソン、ご存知ですか?とてもいい大会で、大好きなんですよ!応援してくれる地元の方がとにかくみんなあったかくて。ラストスパートに熊本城の前の地獄のような坂(笑)があって、死ぬ思いでそこを駆け上がるんですが、沿道の方がみんなワーって応援してくれるんです……その感じが大好きで、毎年走り続けてきました。
もちろん大会の前日には前泊して美味しいご飯を食べたり、アーケードをぶらっと散歩したりも楽しいですしね。
- 家本代表:
-
ただ同時に、ちょっとした移動が不便だということにも気づいたんです。
例えば、市電で2駅ほどの場所に移動しないといけないとき。待っている間に歩いて行った方が早いかもしれないけど、やっぱりちょっと遠いなという、絶妙な距離感があるわけですよ(笑)。
まちをもっと巡ってみたいなと思っても、手段が多いわけじゃない。自動車やバスは渋滞が多いし、市電は満員で乗り切れないこともある。ですので実は早い段階から、熊本は絶対シェアサイクルがあると便利だ!という提案を、こちらから熊本市にしていました。
ただ、熊本市としては過去にレンタサイクル事業を2度実施されていて、どれもあまりうまくいかなかったという歴史があったこともあり、はじめはかなり慎重でした。長い間話し合いを重ねながら、コロナ期間を経てようやくこのタイミングでやることになったわけです。
公募制だったのでもう1社手を挙げられたところがあったんですが、我々が担わせていただくことになりました。それも単にシステムが云々という話ではなくて、熊本のまちに対してどういう気持ちを持っているか、というところが伝わったのかなと思っています。
Uターン転職後、1人でゼロからの開拓。毎日ワクワクしていた
―熊本で展開していくうえで、福岡との違いもありましたか?
- 家本代表:
-
我々が福岡で学んで、熊本に反映できたことは、とにかく始めからポートを交通結節点にしっかり作らせていただくということでした。
実は福岡は今でも、天神の周辺にポートが少ないんです。JRの博多口もいまだに大きなポートがありません。福岡市は過去に放置自転車が全国ワースト1だった時代があるので、道路上に駐輪ポートを置くことに対して積極的ではないということもありました。
ですから熊本に関しては、とにかく交通結節点にポートを作ろうと。例えば市電を降りたら目の前にあるとか、バス停の近くだとか、そういう場所に最初からポートを作らないといけないと、皆さんにお願いしてきました。
―シェアサイクルの要であるポート設置を推進すること、それがセールスである下田さんの仕事なんですね。セールス担当は、熊本に何人いらっしゃるんですか?
- 下田さん:
- 現在セールスは私含め2名ですが、入社して半年ほどは1人でやっていました(笑)。私は2022年の3月、熊本オフィスを立ち上げる直前に入社しました。熊本から上京して5年半は法人営業やweb記事の編集などを行っていたのですが、コロナ禍もあって、やっぱり地元が落ち着くな…と思って。Uターンしてちょうど仕事を探している時に、たまたま求人募集を見つけたんです。
―そうだったのですね!最初はどんなことから始めたんですか?
- 下田さん:
-
上司が福岡にいるので、レクチャーを受けたり、一緒に現地調査をしたり。週に何日かは、ポートの用地を探す日にして、実際に自転車で走ったりもしました。今では休みの日でも「ここ置けそうだな」とか、そういう視点で見ちゃいますね(笑)。
あとは、あいさつ回り。熊本市には都市建設局の中に交通政策全般を担う部署があるのですが、私たちが事業を始めるタイミングで細分化されました。現在は「自転車利用推進課」の方々と一緒にシェアサイクル事業を行なっています。
- 家本代表:
-
自治体の自転車政策って、どちらかというと「放置自転車を取り締まる」とか、「駐輪場を整備する」みたいな、ディフェンス側の仕事になることが多いんです。でも熊本市はそうじゃなくて、交通課題をなんとか解決していかなきゃいけない!と、すごく前のめりに自転車利用を推進しています。これは全国の自治体にもなかなかありません。
- 下田さん:
-
あとは、飛び込み営業にも行きました。コンビニに行ったり、ホテルに行ったり、店舗に行ったり。特に宿泊施設はシェアサイクルとの親和性が高いんじゃないかと思って、ホテルさんから攻めていきました。開始当初はシェアサイクルの概念を知らない方も多かったので、まずはその説明から……という感じでした。
初めて、市長への表敬訪問にも行かせていただいたんですよ。そのときに、「ベンチャーなのにすごいな、この会社」みたいな驚きもありました(笑)。行政と一緒に何かをやるなんて、前職では経験がなかったので、これは面白いな!と、最初からワクワクしてましたね。
まちの八百屋さんからも設置の要望が
―熊本市内のサービスエリアは現時点でどのくらい広がっているのでしょうか?
※参考:【熊本エリア】2023 年 10 月に展開エリアを大幅拡大いたします!
- 家本代表:
-
最初は本当に、市内中心地だけだったんですよ。2年間の実証実験を通じて様子を見ながら、最後のほうでエリアを広げる予定だったんですけど、みんな我慢できなくなって(笑)。スタートからわずか半年で3倍くらいにどーんと広がりました。範囲は今どのくらいだっけ?
- 下田さん:
- 今で30㎢くらいですね。こんなに広くなるとは…。なにもなかった最初の頃を考えると、感慨深いです。
- 家本代表:
- 意外と「福岡でチャリチャリを使ったことがある」という方も一定数いらっしゃったよね。
- 下田さん:
-
今、熊本駅の近くの八百屋さんにポートを置いていただいているんですけど、そこのオーナーさんが福岡に行ったときにチャリチャリを実際に使っていたそうで、「めっちゃよかったので、熊本にも入って来ないかなと思っていた。待ってました!」と、事業開始が決まってすぐに連絡をくださったんですよ。今でも周囲のお店などを積極的に紹介してくださっています(笑)。
そういうお声を聞くと、ありがたいなと思います。
―実際に「うちにもポートを作ってほしい」という問い合わせも多いですか?
- 下田さん:
-
熊本は多いですね。スタートから半年ほどたった頃から、どんどん増えてきました。
最近は、お問い合わせをいただいてから調査をさせていただいて、ポートを作る、という流れがほとんど。お問い合わせはほぼ毎日来ますので、そちらの対応業務がメインになっています。
―なかでもどういったお問い合わせが多いのでしょうか?
- 下田さん:
- 店舗さんですと、集客が目的という方も多くいらっしゃいます。チャリチャリのポートがあるということは「ここに停めてもらって、お店に入ってきてもらっていいですよ」というオープンな姿勢を示すことができるので、お店にとっても宣伝効果になるんですよね。それと、単純に自分が使いたいからという方もけっこういらっしゃいます。家から出て自分がすぐ乗りたいから置いてほしい!みたいな(笑)。
―熊本市内で暮らしていた人たちも、まちなかの移動について不便さを感じていたということでしょうか?
- 下田さん:
- それはあると思います。私も熊本出身なのですが、地元にいるときから熊本は公共交通が本当に不便だと感じていました(苦笑)。
- 家本代表:
- ここ(注:取材場所は市内中心地のバスターミナル付近)から見ると一見バスがたくさん走っているようですけど、中心部だけなんですよね。ちょっと離れたら分岐しちゃうから、ダイヤを見たらすごいですよ。30分に1本とか、1時間に1本とか。もう、ほんっとに、移動が難しいんです(苦笑)。渋滞も多いですしね。
- 下田さん:
-
なぜ渋滞が発生しているかというと、細かな移動を担える手段が、車かタクシーしかないからなんです。公共交通機関で行ける場所って、限られてるんですよ。バス停や電停からさらに15分、20分歩かないといけないみたいな世界なので(苦笑)。
そこにシェアサイクルがぴたっとはまったのかなと思います。自転車も学生さんまでは持っていますが、社会人になればみんな免許を取って車移動になってしまうので、意外と自転車を持っていないんです。ですから、まちなかで飲み会があるときは「行きはチャリチャリで行って、帰りはバスで帰れるからいいね」と言っていただいています。
大きなホイールが動き始めている
―熊本では実際に展開から1年半を過ぎて、稼働台数も開始当初の10倍の1100台体制となりました。熊本のまちの変化をどのように感じていらっしゃいますか?
- 家本代表:
-
まず言えるのは、僕たち、ほとんど何も宣伝していないんですよ。本当に自然に、皆さんが「これいいね」と思ってくださって、まちのなかで普通に使っていただけるようになりました。ポートを作ることに協力していただける人たちも増えてきたし、チャリチャリを目にする機会も増えて、ますます使う人が増えてきた。
フライホイール効果というのがあるんですが、今まさに、大きな玉が動き始めているという実感があります。ひとつ言えるのは、オール熊本という感じがしていること。熊本じゅうの皆さんがひとつにまとまって、協力してくださっていると思う。福岡も結果的にそうなりましたけど、熊本はそうなるスピードがすごく早かったです。
―熊本での浸透がとくに早かった理由についてお考えはありますか?
- 家本代表:
- 福岡よりも規模がコンパクトなこともありますし、よく言われる「わさもん」気質もあるかもしれませんね。新しいものが好きな熊本の人たちの気質。だからこそ「気をつけなよ」とも最初は言われたんですけど(笑)、でも最初の峠は1つ越えて、ここから大きな山に登っていけそうだなっていう感覚はつかめていますね。
- 下田さん:
- 一方で熊本は当たり前のように自動車社会ですから、私は「シェアサイクルが受け入れられるのか?」という不安もありました。実際に身内からも、「自転車かぁ…」「熊本ではまるかな?」みたいに言われていたんです。今となっては、どうだ!って感じですけど(笑)。
―ここまで快調に進んでいると、逆に過去のレンタサイクル事業はなぜ浸透しなかったのかが不思議なのですが…
- 家本代表:
-
やっぱり、レンタサイクルというのは「もとのところに返さなければいけない」っていうところが一番のネックだったと思います。ぐるっと回って帰って来なきゃいけないとなると、どうしてもそこに不便さを感じられていたのではないでしょうか。
その点チャリチャリは、好きに移動して、その場に置いて、次の移動手段をとれるので、選択肢がひろがりますよね。そこが一番の大きな違いかなと。
自転車が移動手段を超え、まちの次の風景をつくる
―熊本はもちろんのこと、福岡市や久留米市など九州で今後もますますご活躍のステージが広がることかと思います。今後の抱負があればお聞かせください。
- 下田さん:
- では、私から。熊本市内の台数は今、約1100台なんですけど、来年には1500台にまで増やしたいと考えています。もっと熊本の皆さんに自転車を当たり前の交通手段として認めていただけるよう、がんばっていきたいです!
- 家本代表:
-
僕は自転車が大好きなので(笑)、このシェアサイクル事業が大好きなんですよ。でも、この会社で本当にやりたいのは、最初にもお話ししました通り「まちづくり」なんです。シェアサイクルもその一部でしかないと思っていて。交通問題が解決できるというだけでなく、そんなに急いで移動しなくても、少しゆっくり、ちょっと遠回りして家に帰ることで、新しい出会いがあるかもしれない。
僕自身が自転車に感じている魅力は、ただ移動手段としての便利さだけではなく、そこに暮らす人たちの日々の暮らしに対して豊かな価値観を提供できることだと思っています。
交通手段でライフスタイルは変わってくるし、変えられると思う。そういう視点で、豊かなまちづくりのお手伝いをしていきたいですね!
(取材後記)
家本賢太郎代表は中学生のころ、病気のため車いす生活を送っていた時期があったそうだ。その頃に感じた、思うように移動できないもどかしさ。自由に、気軽に移動できる幸せが、現在のシェアサイクル事業に対する情熱の源泉になっていることは想像にかたくない。移動手段が変われば、生活様式も変わる。ひいては、まちの姿を変え、1人1人の人生を変えていく可能性も秘めている。シェアサイクルビジネスの奥深さに気づかされたと同時に、ますます興味もわいてきた。
福岡市にある本社では、同社ならではのスペシャリストたちがチームを組んで活躍しているという。駐輪ポートから、別の駐輪ポートへ自転車を移動する「再配置スタッフ(Local Operation)」。GPSを駆使して再配置を指示する「ディスパッチ(Dispatch Center)」。専用アプリや次世代のカギを開発している「エンジニア(System Development)」。自治体や国の担当部署との折衝を担当する「公共政策スタッフ(公共政策室)」など。
次の機会にはぜひ、そうした人々にも「チャリチャリ」の知られざる舞台裏を聞いてみたいと思うので、お楽しみに。
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