2022年春、人口約1万人の熊本県南阿蘇村に、“専門学校業界のベンチャー”ともいうべき独創的な専門学校が誕生した。学校名は「イデアITカレッジ阿蘇(略称IICA=イーカ)」。2016年の熊本地震で大きな打撃を受け、今なお復興途上にある阿蘇エリアに、IICAの開校は前年の新阿蘇大橋の開通に続く朗報として、前向きな希望をもたらしている。4月6日の開校式には、地元熊本の全テレビ局をはじめ10数社のメディアが駆けつけ、晴れやかなニュースで復興の目覚ましい進捗を印象づけた。
リアルな企業ニーズから発想し、実践的なカリキュラムを練り上げる
とはいえ、震災復興の文脈にとらわれすぎると、IICAの真価を見失いかねない。というのは、IICAが目指す教育がオリジナリティにあふれ、従来の学校教育の枠組みにはない新たな可能性を感じさせるからだ。提携企業自ら講師役を務める「注文式教育」しかり。多国籍の学生が共に学ぶボーダレスな学習環境もそうだ。こうした独自の教育内容は出口、つまり卒業後の活躍領域を緻密に想定し、リアルな企業ニーズから逆算して組み立てられている。その姿勢自体は、即戦力人材の育成を旨とする専門学校として特筆に値するとまではいえないかもしれないが、出口から発想するIICAの教育をオンリーワンの学びに昇華させる重要なファクターがある。コロナ前には年間1500万人が訪れ、世界農業遺産にも認定されている阿蘇ならではの熱量を含んだ地力、磁力である。では、出口からの発想が阿蘇でどう生きるのか? そもそも、震災復興という背景はあるにせよ、人口減少が続く村での開校に踏み切った決め手は何か? その成算は? いくつものテーマを胸に、真新しい新阿蘇大橋を渡り、緑濃いアップダウンロードを通って、現地を目指した。応対してくれたのは、IICA創設者であり、学校長と理事長を兼務する井手修身さん。なお、冒頭に記した“専門学校業界のベンチャー”は、根っからの企業人である井手さんが、一言でIICAを言い表したフレーズである。
井手修身(いで おさむ)
熊本県南阿蘇村出身。(株)リクルートを経て2006年、地域活性化の企画プランニングを手がけるイデアパートナーズ(株)を福岡で創業(現在も代表)。2007年、内閣府の「地域活性化伝道師」に任命され、九州を中心に全国100か所以上の地域活性化に関わった。震災復興支援の一環で村への学校誘致活動に携わるうち、自らIICA設立を決断。現在、学校長と理事長を兼務。福岡と阿蘇の二拠点体制で、多忙だが充実した日々を重ねている。座右の銘は、リクルートの旧社訓「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
国籍や年齢を越えて共に学び合う場
開校式の挨拶では感極まる場面もあったと聞きました。どんな感慨があったのでしょう。
- 井手さん:
- 33人の1期生を前にして、これだけの学生が来てくれたんだな、本当によかったな、と。それに尽きますね
どのような学生さんが集まったんですか?
- 井手さん:
- 幅広いですよ。18歳から28歳まで、多様な背景を持った学生が集まりました。農学部を出て就職した後、ITを学び直したいと入学した人もいれば、大学を中退した人も。国籍も多様で、インド、ネパール、中国、フィリピン、ミャンマー…日本を入れると6カ国になりますね。通信制高校の出身者も目立ちます。設立に際し、いわゆるピア・ラーニング、多様な学生たちが国籍や年齢を越えて共に学び合う環境を構想していましたが、ひとまず形になりました。
今のお話だけでも、学校の特徴が伝わります。一般に専門学校といえば都市部にあるイメージですが、あらためて、阿蘇の大自然の中に設立された経緯をうかがいます。
- 井手さん:
- きっかけの1つは震災復興です。村内にあった東海大学農学部が撤退し、復興の起爆剤として再び学校を誘致したいという村の強い要望がありました。私はこの村の出身で、長年手がけている地域活性事業を通じて村との関係も深く、当初は誘致を進める側でしたが、人口1万人の村に来てくれる学校はなかなか…
それで一肌脱ごう、と?
- 井手さん:
- よく言われますが、少し違うんですよ(笑)。震災復興はあくまできっかけの1つで、私のライフワークである地域活性化の観点からも、ぜひ自分がやってみたいと思いました。熊本県は慢性的な人材不足で、特にIT企業と観光業の状況は深刻です。IT人材でいえば、2030年には全国で80万人不足する予想データもあります。地域でIT人材を育成し、定住につなげる仕組みを確立すれば、定住人口の増加も期待でき、地域の担い手不足解消にもつながります。
「地方の担い手不足」の解決に向けた処方箋
最初にうかがったピア・ラーニングはどのような背景から構想されたのですか?
- 井手さん:
- 定住人口の話をしましたが、IICAが育成したい人材像は「阿蘇から世界へ」、グローバルな価値観とスキルを持って、世界のどこでも活躍できる人です。ピア・ラーニングはそのための場づくりであって、必ずしも地方創生ありきではありません。とはいえ、共に学ぶ外国人学生の中には、日本人学生と同じように、日本で就職して定住し、地域の担い手になる人も出てくるでしょう。その可能性にも、大いに期待しています。外国人材の定住というと、何かと物議を醸している技能実習生を連想する人も多いでしょうが、私がいう外国人材は、いわゆる技人国、日本での定住資格を得た高度人材です。実は、外国人材の定住が地域再生の有力な処方箋になりうると思い至ったエピソードがあるんですよ。少し長くなりますが…
どうぞどうぞ、ぜひうかがいたいです。
- 井手さん:
- もう4~5年前になりますが、ハワイの日系移民150年祭を見に行きました。ご存じでした? 現在のハワイ州の住民の2割が日系人なんだそうです。
2割ですか! それは知りませんでした。
- 井手さん:
- ハワイの日系人のルーツは明治期、まだハワイがアメリカに編入される以前のカメハメハ王の時代に、日本からハワイを目指した移民150人といわれています。熊本からの移民も多かったらしく、実は私の祖母の兄弟も。移民1世の勤勉な働きぶりが認められて定着し、5世が活躍する今、日系人はハワイに欠かせない存在になっていて、大いに刺激を受けました。人口減少に直面する日本でも、外国人が日本人と同じように学んで就職して家族を作り…と、日本に無理なく定住定着できる仕組みを確立すれば、人口減や担い手不足に悩む地域の未来を変えられるかもしれない、と。
御校の教育目標の中に「次世代の100年を創る」という言葉がありますが、なるほど、壮大なスパンで構想が進んでいることがわかりました。
阿蘇のフィールドは、学びの成果を最大化する「掛け算」の宝庫
それではもうひとつ、御校の紹介資料から質問を。「阿蘇×DX」のフレーズが頻出しますが、その意味合いを教えてください。
- 井手さん:
- 阿蘇エリアは国内有数の観光地であり、世界農業遺産にも認定された第一次産業の先進地です。IICAでは、こうした阿蘇の資源を最大限に活用した実践的なカリキュラムを組んでいます。ビニールハウスの温湿度管理をデジタル化する「農業×IT」、黒川温泉のマーケティングを現地で体感する「観光×IT」など、教育成果を最大化する“掛け算”の素材がいくらでも見つかるのが阿蘇ならではの強み。2024年に近隣の菊陽町に台湾の大手半導体メーカーが進出することになり、実践の素材としてはもちろん、有力な出口のひとつとしても期待できます。企業や地域の課題をITで解決するDX人材の育成には、最適とは言えないまでも、十分に適した環境といえるでしょう。
注文式教育の提携企業、IICAサポーター企業、地元自治体の支援など、IICAの趣旨に賛同する輪も大きく広がっているようですね。
- 井手さん:
- そもそも、阿蘇には人を惹きつける磁力のようなものがある気がします。その最たる例が、グローバルITビジネス学科のコーディネーターとして教壇にも立つ、みなみあそ観光局の戦略統括マネジャーKさん。東京の国立大卒で、震災復興に関わるために大手電機メーカーをやめてIターンしてきたという方です。学生も同様で、以前は自室から出ることさえ稀だったという学生さんも今、毎日元気に通学し、親御さんを喜ばせています。
阿蘇に癒されたんですかね。阿蘇の自然、阿蘇の大地に包み込まれる安心感というか…
- 井手さん:
-
私も時々、パソコンを外に持ち出して仕事することがあるんですが、やっぱり気持ちいいですね。昼休みの中庭には学生たちも。阿蘇五岳を眺めながら食べると、コンビニのおにぎりもごちそうになりますよ。そうそう、磁力に引きつけられた人といえば、ウチの副校長です。さきほどのKさんと同世代の32歳、IICAの設立趣旨に賛同してIターン入職した方です。公募時の面接で、自分で考えた開校までの募集計画を発表する姿を見て、その場で採用を決めました。IICAでは、世界で活躍するために「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変え、自分と世界を幸せにする人材」となれ、と謳っています。まさに、副校長がそんな人材です。
IICAスタイルを、日本復興のモデルに。
あらためて、開校までには多大なご苦労があったと思います。開校に際して、達成感はありましたか。
- 井手さん:
- 確かに、スポーツの大会でいえば予選を勝ち抜いて決勝リーグに出場できた、くらいの手応えはあります。ただ達成感とは明確に違いますね。達成感を感じるとすれば、1期生のみんなが、まず自分自身が納得できて、私たちとしても想定通りの職種で就職できた時でしょうか。いや本当に、その時は間違いなく、大きな達成感があると思いますね。
今後の展望について教えてください。
- 井手さん:
- IICAは「永遠に完成しない学校」、そのために「進化し続ける学校です」。完成された教育内容、固定化された教育体制では、その時々の社会や企業のニーズにぴったり合う人材を育成することは難しいでしょう。その意味でもIICAは、常に変わり続けなければならないと考えています。まだ初年度が始まったばかりですが、新しい構想もいくつか動き出しています。リカレント教育もそのひとつ。正課の授業は3時すぎには終わりますから、それ以降の時間帯を活用して、社会人の学び直しの場をつくろうという構想です。単に講座を受けるというより、ラーニングバケーション、つまり短期間の休暇を取って阿蘇に滞在し、観光と学びを組み込んだプログラムを受講してもらうスタイルです。すでに300人を超えたIICAサポーターの皆さんにもおすすめしようと考えています。軌道に乗れば、年に何度かラーニングバケーションに訪れる南阿蘇ファンも増えるでしょう。つまりは交流人口、関係人口の増加です。正課で地域の担い手も含めたIT人材を育成し、リカレント教育で関係人口を増やす。長年やりたかった新しい地域創生の形です。早く試したくて、うずうずしていますよ。
それは楽しみですね。では最後に、IICAの取り組み成果を社会にどう還元できるのか、お考えをお聞かせください。
- 井手さん:
- IICAの学びは、南阿蘇だからできる教育の形です。同じように、日本中のあらゆる地域に、その地域ならではの学校の形がありうるのではないでしょうか。活性化を願うあらゆる地方・地域にとって、IICAの取り組みが参考にすべきモデルとなることを、心から願っています。
ありがとうございました。
(取材後記) 「ネコ」「タカ」「ナカ」「エボシ」「キジマ」と、IICAの教室の入口には阿蘇五岳の名を冠した木のプレートが掲げてある。昼休み、その広々とした教室でカップ麺を食べる学生たち。中庭にも何人か。職員室前のフリースペースの絨毯の上で寝転ぶ学生もいる。そのフリーダムな日常を、阿蘇五岳が静かに見下ろしている。この空気に一度でも触れた人なら、井手校長のお話に登場した通信制高校出身生のエピソードもすんなり実感できるだろう。 日系移民の話題も心に残る。「地域活性化伝道師」が長年の模索の末にたどり着いた確かな答えは、外国人材にまつわる些末な懸念を瞬時に無化する説得力に満ちていた。100年先を見通す真の意味で骨太な構想が、どんな実をつけ、どこで新たな花を咲かせるか。阿蘇の峰々も楽しみに見守っているだろう。
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