現場に革命をもたらすアプリ
建設現場に、製造現場…。
日本の産業を支えているさまざまな「現場」に今、1つの革命が進行していることをご存じだろうか。
A「天井ボードの準不燃表示を確認したいので、表示を映してください」
B「わかりました。映します」
A「はい、確認できました。こちらから写真を撮りますね。念のため、型番をテキストでも送ってください。ありがとうございました。」
これは、住宅の建設現場で遠隔から検査を行っている風景だ。
その会社は全国に住宅の建設現場を抱えており、従来ならば工事検査のスタッフが各地を飛び回る必要があった。移動には多くの時間とコストがかかる。そのうえスタッフの高齢化が進み、人手不足にも悩んでいた。しかし、2年ほど前からこの「リモート検査」を導入。すると、大幅にコストを削減できただけでなく、1人当たりの検査可能物件数が大幅に増えたという。
この劇的な変化をもたらしたのが、「SynQ Remote(シンクリモート)」というアプリ。
開発したのは、福岡発のスタートアップ「株式会社クアンド」。
原点は慣れ親しんだ地元、"鐵の街"北九州にあった
「クアンド」は2017年、福岡県北九州市で生まれた。北九州といえば、工業都市として日本有数の歴史を誇るまち。しかし近年は人口の減少など、衰退ムードも色濃い。そんなふるさとに再生の火をともすべく、同市出身の下岡純一郎さん(現・代表取締役CEO)が「クアンド」を立ち上げた。
掲げたビジョンは<地域産業・レガシー産業をアップデートする>。
「地方の経済や雇用を作ってきたのは、製造業や建設業などリアルでアナログな業界。今多くの問題を抱えるこうした業界を、テクノロジーで変えていきたい」という熱い思いがあった。
当初は地元のメーカーや建設会社などのDX化を推進する受託事業に取り組んでいたが、2019年にプロダクト事業部を新設。自社製品の開発に取り組み始めた。
これが、後の「SynQ Remote」である。
開発のヒントは、実家にあった。下岡CEOの実家は、建設業。建設の現場では施工に携わる職人の経験や技術に頼るところが大きく、1人あたり複数の物件を担当しているとそれぞれの現場へ移動するだけで時間がかかったり、新人や他社とのコミュニケーションがうまくいかなったり、監督・監理にチェックを受けるまで現場が止まってしまったり…といった事態が少なくなかった。下岡が家業の経営状態を分析をすると、現場への移動や確認作業に年間2億円ものコストがかかっていたことを知る。
「もったいない。これはうちだけじゃなく他のクライアントの皆さんにとっても、共通の課題のはず。なんとか、現場へ行かずに確認できる方法はないか?」
と考えるようになったという。
「ちょっと待って。LINEやZOOMを使えばいいんじゃないの?」
そう疑問に思う方もいるかもしれない。
だが、普段私たちが使い慣れている従来のビデオ通話アプリは、実は画質がそれほどよくない。様々な配管や機構が複雑に入り組み、間違えることが許されない細かな確認作業が必要な現場には不向きなのだ。
そこで開発されたのが、現場確認に特化した遠隔コミュニケーションツール「SynQ Remote」だった。
顧客の「生の声」に耳を傾け、機能を磨いてゆく
2020年にリリースされた「SynQ Remote」は、スマホやタブレット、PCにインストールするだけで簡単に使えるアプリである。最も特徴的な機能は、ポイント機能だ。使用する両者が双方向から画面上に印をつけることができるため、指差し確認しながら話さなければならないような会話も、より正確に伝えることができる。
「また、画質の良さも高く評価していただいています。メジャーの目盛まできれいに見えるので、お客様からも従来のビデオ通話アプリとは『かなり違うね』と言っていただいています」
と取締役CFOの佐伯拓磨さんは語る。
その他、自動文字おこし機能や写真・メモを記録する機能、報告書の作成をサポートする機能など、現場で働く人々にとって、まさに「かゆい所に手が届く」ような機能が満載だ。
それもそのはずで、開発を進めるにあたっては徹底的にユーザーの声を重視。具体的には、顧客との定例会を毎月開催し、誰が、どんな用途で利用しているのか、使いにくさはないか、どんな機能があれば、もっと便利になるのか――といった声を拾い上げ、全社員で共有。それぞれの立場から改善につなげているのだそうだ。
例えば、現場にはスマホの操作自体が苦手な層も少なくない。そこで最近では、なんとインストールしなくてもQRコードさえ読み込めば誰でも使える機能まで新たに作ってしまった。
佐伯CFOいわく、「SynQ Remoteはお客様とともに磨きをかけてきた製品」。まだ完成品ではなく、今この瞬間も進化を続けている。
導入企業は50社。資金調達は7億円へ
導入実績も加速している。2023年11月現在で、すでに約50社が導入済み。中小から大手まで顧客のすそ野は広く、なかには日本を代表するような有名企業も含まれている。
例えば、北九州市に本社を持つロボットメーカー・安川電機は、「SynQ Remote」を使って、納品した製品をリモートでメンテナンスする体制を構築した。また、JR九州コンサルタンツは九州全域の線路付近の安全パトロールに利用。不動産大手の大東建託は全社に「SynQ Remote」を導入し、全国各地に建設する住宅でリモート検査を実現しているという。
導入実績の拡大は、資金調達活動にも好影響を与えている。資金調達の累計額は2023年11月現在で7億円に達しているが、
「おそらくこの事業レベルでは集められるだけ集められていると思う。でもまだ足りないと思っています。レガシー産業のアップデートというミッションを実現するためにも、今が正念場です」
と佐伯CFOはさらに上を向く。
リスクを負ってでもチャレンジしたい
こうしたクアンドの急成長のかげには、1つの大きな決断があった。
2020年、それまでの柱だった受託でのDX事業をやめ、「SynQ Remote」の開発・販売に事業を一本化したのだ。
佐伯CFOは、当時の決断をこう振り返る。
「事業展開のスピード感を出すためです。社会的なインパクトや組織の成長スピードを考えると、事業を1本に絞ったほうがいいと考えたんです。一方で当時の売上を支えていたのは、受託事業。それをやめるのはもちろんリスクもありました。でも、チャレンジできるには期限がある。リスクを負ってでも、日本の産業が抱える課題を解決するプレーヤーとして、自分たちが挑まなければと考えたんです」
こうしたマインドこそ、佐伯CFOが「クアンド」にひかれた理由でもあった。
佐伯拓磨さんは、熊本市出身。地場銀行で法人融資を担当した後、投資会社へ転職。ファンドマネージャーや社長室長を経て、2019年にクアンドに入社した。
きっかけは、勤務していた投資会社の勉強会。クアンドの下岡代表のプレゼンを聞いて、衝撃を受けた。
「当時はファンドマネージャーをしていて、お金を供給していけば会社はよくなると思っていたんです。でも実際は、それだけじゃだめなんですね。何か変革を起こさないと、地域の会社は変わらない。そう思うようになっていたときに、下岡代表の話を聞いたんです。地場企業に入り込んで、同じ目線から本気でDXで改革を起こそうとしていた。まさにこれだなと思ったんですよ」
プロダクトの先にある夢
「SynQ Remote」で急成長する今、今後のビジョンを改めて佐伯CFOに問うてみた。すると彼は、
「僕らが実現していきたいことは、単に自社のプロダクトを売っていくことではありません」
と言い切った。
「北九州を例にとると、1901年に国の施策で官営八幡製鉄所ができました。それをきっかけに多くの製造業が生まれていったんですね。僕らはそういう地政学的なメリットも活かしながら、地域産業に新しい循環を作り出したいと思っているんです」
足元を見ると、日本のモノづくり産業には、労働力不足という大きな課題が横たわっている。特にそれが顕著なのが、地域に多く存在している建設業や製造業、メンテナンス業。
しかしそうした状況にもかかわらず、日本では当たり前のように高い品質が求められ、かつ、短納期、低コストが要求される。そのしわよせはいずれ、施工不良の問題や、現場事故の増加といった問題につながっていくと佐伯CFOは指摘する。
「僕らは、新しい現場の在り方を提案していきたいと思っているんです。CoE(センターオブエクセレンス)という考え方があるんですけれど、その現場バージョンをやっていきたいと思っていて。
これまでは技術者がすべての現場に直接足を運んでいました。でも、回れる現場数には限界があるし、現場での会話は身振り手振りでデータに残らない。であれば、技術者を現場に行かせず中心に居てもらって、遠隔から指示を出すようにすればいい。一か所からいくつも現場を見ることができるし、指示はネットを通じて行うので、映像や会話のデータもどんどん蓄積されていきます。
そうなれば、この問題に対してはこうやって解決したというレコメンドができたり、この仕事の部分は外に出そうという切り分けもできたり、仕事を効率よく管理することができるようになる。この新しい流れを提供できるプレーヤーになりたいと思っているんです」
現場が変われば、日本が変わる
人手不足が解消するだけではない。クアンドの構想が実現し、普及すれば、海外の現場も日本から管理できるようになる。
「つまり、日本の現場力が、全世界に輸出できるようになるんですよ」
と佐伯CFOは力説する。
「そのためには、今の『SynQ Remote』ではまだまだ足りないものがあります。もっとデータ解析ができるとか、型番から検索して類似の動画を見つけられるようになるとか。そういうことができるようになると、蓄積したナレッジをもっと有効に使えるようになる。『SynQ Remote』のバージョンアップも必要ですし、もしかしたら新しいシリーズのプロダクトができるかもしれない。いずれにせよ、こうしたモデルを、東京ではなく、九州の地方都市から発信していくことが、すごく意味のあることだと思っているんです」
そういって目を輝かせる佐伯CFOは、ラフなTシャツにキャップ姿。福岡市大名にあるオフィスも、7億円もの資金を集めた注目のスタートアップとは思えないほどコンパクトだ。
「どんなに会社が成長してもオフィスを華美にするようなことはしないし、無駄なことにお金は使わない。このスタンスは変えないつもりです。メンバーも基本的にリモートワーク。社員は今15名ほどいますが、東京や愛媛在住の社員もいます」
そう聞くと今どきの会社を連想させるが、「意外と昭和な感じですよ(笑)」というのが、面白い。
「年に1度は、合宿を兼ねた社員旅行もしていて、みんな楽しみにしているんです(笑)。去年は唐津へみんなで行って、その時に丸1日をかけて、QUANDO Valuesをまとめました」
QUANDO Valuesとは、全社員の行動の指針となる共通の価値観のこと。 「そもそも思考」「ユーザーとともに」「未来起点」「種を生み育てる」「最後は自分軸」という5つのフレーズから構成されている。全社員で3か月以上にわたって話し合い、自分たちの納得する言葉を紡ぎ出したそうだ。オフィスの壁面にもこの言葉が大切に掲げられていた。
まだまだ成長途上のため、「会社の細かなルールなんかも、みんなでわちゃわちゃ話しながら決まっていく感じ」と佐伯CFO。会社の資金繰りや、会社に今どのくらいお金があるのかも、毎月かならず全員に公開しているという。「自分たちの会社」と思ってもらうためのこだわりだ。
「大名のオフィスに集まったメンバーで飲みに行くことも多いですね。そのときも結局、盛り上がるのは仕事の話(笑)。それぞれの立場から、あーしたい、こーしたいって。みんな、熱いんですよね」
今夜も大名のどこかで、クアンドと日本の未来を語る熱いトークが繰り広げられているのかもしれない。
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